フワッ

 真っ白なテーブルクロスをおもいっきり広げて、木でできたテーブルに掛けた。

 青い空が広がり薄紅の花びらが舞う庭で、子供と母親はパーティーの準備をしていた。

 パーティーと言っても、子供と母親、そして父親の三人だけのホームパーティーだった。

「母さん。今日は何かあるのか?」

 子供が母親を手伝い食器をテーブルにながら尋ねた。

「何もないわよ、どうかしたの?」

 母親が笑顔のまま小首をかしげた。そんな母親の手の中には母親特製のアップルパイがあった。

「だって、こんな何にもない日に父さんは仕事に行かないで家にいるし、母さんは庭でパーティーをしようだなんて、変だ」

 子供が疑うような眼差しで母親を見上げた。

 今日のパーティーは昨日、突然母親が父親に昼食を庭で取ろうと提案したのがきっかけだった。

「あら、どうして?桜が綺麗に咲いたからお花見をしたいって言うのは理由にならないかしら?」

 母親が不思議そうに尋ね返した。

 だがそんな母の返答に子供はわずかに眉を寄せた。

「今日は晴れてるし、桜が綺麗でしょ」

「そうだけど………」

 子供はちらりとテーブルに降り注ぐ桜の花びらを見上げた。子供の頭上には大きな桜の木があり、その桜は今、満開を迎えていた。

 例年なら蕾の頃だが、今年は温かな日が続いたせいか早く咲いたのだ。

「毎年、この桜の木の下で三人でお花見してるでしょ」

 母親は桜を見上げてにっこりと笑った。

 この桜の木は母親にとっては特別な桜だ。その理由を子供も知っていた。

 満開のこの桜は父親が母親と知り合った頃、祖母に無理を言って母親の母国から取り寄せたものなのだ。

 若木だったその桜は母親が父親の元に嫁いで来る頃には立派な花を咲かせるようになった。

 いわゆる、父親の母親に対する愛情の深さを慮る象徴とも言える花だった。

 もっともこの庭の桜は毎年、父親が母親のために一本ずつ植林したものであり、おかげで今や、この屋敷の庭はこの国でも有数の桜の名所になってしまったほどだ。

 その桜が満開になったからお花見という母親の思考は子供には理解できる。父親の愛情を目の当たりにするという意味もあるだろうが、それ以上に母親は純粋にこの花が好きなのだろう。

 何より母親は自然を愛でてそして誰よりも草花から愛される存在だったから、綺麗なものを素直に喜びたいという気持ちなのだろう。

 それは子供にもわかるのだが、子供が理解できないのは母の提案に対する父親の行動だった。

 子供は視線をテーブルに向けた。そして顔をしかめる。

 何故ならそこには父親が作った料理が並べられていた。別に父親の料理が嫌いなのではない。むしろ好きだ。

 何せ、料理の腕は母親より父親の方が上だ。父親の作る料理は絶品と言って過言ではない。

 それほど美味しい食事を作る父親だは、仕事が忙しく食べられる機会はそれほどない。

 ちなみに、子供もある程度料理ができるが、それは父親が教えてくれたからだ。

 忙しい父が合間をぬって自分に料理を教えてくれるのは、修行とは別に子供にとって純粋に楽しかった。

 父親の料理はとてもレパートリーが広い。

 和洋中なんでもあるが、アウトドア的なものも全て網羅している。一度、父親とキャンプに行った時など、ナイフだけで獲物を捕り、料理していく様を見て、驚きと同時に尊敬の念に駆られたほどだった。その時、火の熾し方、有効的な水の使い方などを学んだ。

 そんな父親の腕前だが、今、テーブルに並べられているのは手の込んだ中華料理だ。

 中華料理は父親の最も得意とする料理だった。

 これが楽しみでないとは子供は口が裂けても言えない。父親の料理を食べられるのはとてもうれしい。

 だがそれでも子供は訳のわからない不安に駆られた。

 父親はとても忙しい人なのに、こんな平日に家にいることがおかしい。随分前から決まっていたのならわかる。だが、母親はパーティーをしようと言ったのは昨日の朝なのだ。そんな急な提案で父親が休みが取れるはずもない。

 だが、父親は母親の提案に二つ返事で答えた。

 それがおかしいと言わずしてなんだというのだろう。父親の仕事はそんな簡単なものじゃないことくらい、子供は耳にたこができるほど聞かされているし、目の当たりもしている。

 思えばここ一月ほど、父親は家にいることが多かった。

 それは父親の姉たちも遊びに来たり、母親の兄と友達も海外から遊びにきたからそのせいだと思っていた。

 家族も大切にするが、そのことで仕事を後回しにする父親でないことを知っている分、今日の父親の行動が子供は気持ち悪かった。

「ひょっとして…………、父さんの仕事、うまく言っていないのか?」

 子供は再び母親を見上げると真剣な瞳で母親を見つめた。子供の言葉に母親の動きが止まった。

「仕事で失敗して、お祖母様に何か言われたとかじゃないのか?」

 子供は胸にためていた不安を口にしてじっと母親を見つめ続ける。

 どれくらい時間が流れただろう。桜の花びらがふわりと子供の頬をかすめた時、突然母親がプッと吹き出した。

「か、母さん!?」

「あははは!」

 そして驚く子供の前で母親はお腹を抱えて笑い出した。

「な、なんだよ!?」

 笑い続ける母親を前に、子供は慌てた。笑わせるようなことを言ったつもりもないし、笑うポイントでもないはずだ。

 だが、母親は目に涙をためて笑っているのだ。

「母さん!」

 子供が怒ったように母親を呼ぶと、母親は目尻の涙をぬぐって笑みを収めた。

「ご、ごめんね。貴方があんまりにも子供の頃の父さんとそっくりだったから、おかしかったの」

「え?」

 母親の謝罪に子供はきょとんとした顔で母親を見上げた。

「父さんもね、母さんが隠し事をしていたらすぐに気づいて、今の貴方みたいに尋ねてきたのよ」

「父さんが?」

「うん。それはもう必死に」

 懐かしいと言いながら、母親は口元に手を当てて微笑む。そんな母親を見上げながら、子供は眉を寄せた。

「でも父さんが尋ねたのは母さんが隠し事をしていたからでしょ?」

 子供が心配そうに尋ねると、母親は目を丸くして子供を見つめた後、フフっと笑った。

「そうね。隠し事はしてたよ。だってね、その時の母さんは父さんに贈る贈り物を作っていたんだから」

 母親が子供にウインクをして答えた。

「えっ?」

 目を見開いた子供に、母親は肩を竦めながら当時の思い出を語り出した。

「母さんが初めて父さんだけのために何かを作った最初のものだったの。だから父さんにだけは内緒にして、頑張って作ってたんだけど、母さんは裁縫が苦手でしょ。手にいっぱい怪我をしちゃって、父さんが心配しちゃった」

「それは父さんじゃなくても気づくんじゃないのか?」

「そうかもね。でもその時の父さん、本当に必死に心配してくれたんだよ」

 母親がクスクスと笑った。

「それで何をあげたの?」

「浴衣」

「浴衣?」

「そう、一緒にお祭りに行きたくてね。父さんは違う国の人だから浴衣持っていないから、母さんが作りたかったの」

 母親はにっこりと笑う。昔の父親のことを語る母親は本当に幸せそうだった。

 そんな母親の表情に、子供の頬が真っ赤に染まった。

 いつものことだが、臆面もなく昔のことを語る母親の話を聞いているとなぜだか照れてしまうのだ。

 鉄面皮な父親と感情豊かな母親。二人がどれほど愛し合っているのか、子供心にもわかる。

 それはもう子供でも照れてしまうほど二人は相思相愛だったのだ。

 それはそれで子供としてうれしい。両親が愛し合っているということは、自分が愛されていることに繋がるからだ。

 それでも、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしかった。

「じゃ、じゃあ。父さんが母さんの隠し事に気づいたってことは、母さんたちもやっぱりおれに隠し事してるんじゃないか!」

 子供は照れを隠すように母親から顔を背けながら叫んだ。

 すると、母親が視線を子供に戻した。

「そうね。隠し事をしてるかもしれないわね。でも、父さんと内緒だって約束してるし…………」

 そして母親が困ったように呟いた。

「やっぱり、父さんの仕事が!」

 顔をしかめた母親の服をひっぱりながら子供が必死に尋ねたその時だった。

「おれの仕事がどうかしたのか?」

 子供の頭の上から低い声が降ってきた。

 ハッとして顔を上げると、そこには片手に料理を持った父親が立っていた。

「と、父さん!?」

「何だ?」

 声を上げた子供に父親は不思議そうな顔を見せて尋ねた。だが父親を目の前にして子供は言葉が詰まる。

 そんな子供の反応がおかしかったのか、母親が再びころころと笑い出した。

「何かあったのか?」

 父親が母親に尋ねると、母親が楽しげに答えた。

「この子ったら、貴方の仕事がうまく行っていないんじゃないかって心配してるのよ」

「か、母さん!!」

 母親のストレートな言い回しに子供が焦ったように声を上げた。

「おれの仕事?」

「貴方が昼間っからホームパーティーの料理を作ってるからよ。普段、昼間に家にいないのに、ここのところ家にいたから余計に心配しちゃったみたいよ」

 眉を寄せた父親に母親がクスクスと笑いながら説明した。

「なるほどな」

 父親は納得したように頷いて、子供に視線を移した。どうしたものかと子供は父親の視線から逃げるように俯いてしまう。

 そんな子供の頭をくしゃくしゃと大きくて広い手が撫でた。

「よく見てるな」

 父親が柔らかな声で子供をほめた。

 子供は驚いて顔を上げた。すると父親は笑みこそ浮かべていなかったが満足そうな表情で頷いていた。

「怒らないのか?」

「何を?」

「だって、父さんのことを信じてなかったんだ、おれは」

 眉を寄せて子供は尋ねた。

「それは違うだろう。おまえは父さんが仕事をないがしろにしない人間だって信じてくれたんだろ?」

「!」

 父の言葉に子供の目が大きく見開かれた。

「父さんが簡単に仕事を休む人間じゃないってわかっているから、おまえはおれがここにいることを変だと感じた。それはおまえがいつもおれの行動を見ていているということだ。そして、違和感を感じた。だからこそ、それを指摘した。違うか?」

 父親に尋ねられて、子供は正直にこくりと頷いた。

 そのとおりだった。

「おまえは常に周りを見、最善を選ぶよう努力している。それを怒るわけないだろう」

「父さん…………」

 父親を呼ぶ子供の声が震えた。父親の言葉はが子供を認める言葉だった。

「それとおまえの疑問だがな。なんでおれがこの屋敷にいるかってことだが、先月、ちょうど大きなプロジェクトが終わったんだ」

「えっ?」

「次の仕事までは少し時間があるからな今はある程度時間が取れる。それをおまえに言っていなかったから心配をかけたみたいだな。ごめんな」

「ううん!」

 子供は父親の謝罪に頭を横に振った。謝ってほしくなんかなかった。何故なら、父親の言葉は子供にとって喜びでしかなかったからだ。

 何故なら、父親は子供を子供扱いせずに一人の人間として扱ってくれていたのだ。

 父の状況を隠すことなく教えてくれたこと、これがうれしくないわけない。

「じゃあ、これは本当にただのお花見なんだ!」

 子供が父親に尋ねると、父親はポンと子供の頭を撫でて頷いた。

「まあ、ただではないけどな」

「えっ?」

 子供がきょとんと首をかしげると、父親と母親は顔を見合わせて頷いて、母親は満面の笑みを浮かべた。

「そうよ。ただじゃないよ。貴方のお誕生日パーティーなんだから」

 母親が少し膝を落として子供の視線と自分の視線を合わせると、にっこりと笑った。

「えっ?ええっ!!おれの誕生日パーティー!?」

 子供は思わず声を上げた。

「そうよ。母さんと父さんが隠していたのは、このパーティーが貴方の誕生日パーティーだってことよ」

「え、あ、でも、おれの誕生日はまだ先だけど!?」

「そうなんだけどね。せっかくの桜だから、一緒にしましょうって、ねえ、父さん」

 母親が父親に話を振る。子供がつられるように父親を見上げると、父親もこくりと頷いた。

「そうだ。今日はとても良い日だからな。精霊たちもおまえを祝いたいって言ってたからな」

「精霊?」

 そう首をかしげると、子供は目を大きく見開いた。

 父親や母親の周りに見覚えのある精霊たちが浮かんでいた。

 風華、火神、水龍、雷帝たちだ。

「わかるだろう?」

 父親の問いに子供は呆然と頷く。

 魔法を使わずにその姿を視たのは初めてだった。

「今日は本当に日が良いんだ。視る目がある者なら力ある場所なら人ならざる者を目にすることができる。特に力を使わなくてもな」

 ああそれでと、子供は頷いた。この屋敷はこの国でもっとも力がある場所と言ってもいい。この場所を守り続けるのが子供の一族なのだから。

「おまえを祝ってるぞ。わかるだろう」

 父親が側にいる水龍を撫でると、その水龍は楽しそうに鱗を鳴らした。

 それが合図で、精霊たちは父親は母親の側から離れて桜の木の下で舞い踊りだした。

「あ………」

 風華は桜の花びらを舞い散らせ、火神は淡い炎を揺らめかして、水龍は雷帝と共に虹を作る。

 子供が視る精霊たちはいつになく本当に楽しそうに、幸せそうにくるくると舞っていた。

 言葉は聞こえない。

 でも気持ちは伝わってくる。

 おめでとうと。

 彼らが自分を祝ってくれているのが分かる。

「よかったわね」

 母親がぽんと子供の背を叩いた。

「うん!」

 子供が本当にうれしそうに頷いた時、びゅうと風華がいたずらをするように子供の髪を撫でた。

「うわぁ!」

 子供が思わず髪を押さえると、父親が柔らかな声で呟いた。

「精霊たちがおまえと遊びたがってるんだろう。行ってこい」

「え、でも、せっかくの父さんの料理が」

「いくら父さんと母さんでもこれだけ全部は食べられないわよ。待ってるから、風華たちと遊んでくればいいわ」

 子供がちらりとテーブルを見ると、母親が楽しげに答えた。子供はその言葉にちらりと父親を見上げると、父親はこくりと頷いた。

 それを見て、子供は満面の笑みでこくんと頷いた。

「ちょっとだけ遊んでくる!」

 子供は楽しげに叫ぶと軽やかに駆けだしていく。

 広い庭、桜が舞い散る穏やかな庭に、柔らかな風と、さわやかな水と、優しい炎と、強き光を引き連れて子供は駆けだしていく。

 降りしきる桜吹雪に子供の背は見えなくなる。だが父親と母親は見えなくなるまでその背を父親と母親は肩を寄せ合って見つめていた。

 穏やかなひだまりの中、一人駆けだしていく子供の背を。

 痛みと哀しみをこらえて微笑みながら、見送っていた。








 


 君の本当の誕生日


 きっと側にはいられない。


 君はたった一人で戦わなくてはいけない。


 痛みも苦しみも全てを背負うその時に


 側にいられない。


 守ってやれない。


 だから、今、この時にあらん限りの祝福を伝えようと。


 ほんの少しでも君の支えになるように。


 君に祝福を。




 おれの……

 私の─────

 大切な子供へ





 誕生日、おめでとうと



















end


お誕生日おめでとう!
本体君だけを祝うようなお話でごめんなさい。
楽しいお話と思ったのですが、本編の展開がすごいので、これが今の心境です。
小狼父が本体君に剣を授ける日の前日を想定しています。
小狼の誕生日にはもう離ればなれになっているのを知っている小狼父と母がせめて祝いたいと思った思いを書きたかったのですが、うまく書けませんでした。
どこかで書けたらいいなぁと思っています。
お話では書けませんでしたが、写身君!さくらちゃん!四月一日君!誕生日おめでとうございます!!!




ひだまりの中で君を見送る───  
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